大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)19452号 判決

原告 X1

原告 X2

右両名訴訟代理人弁護士 板垣眞一

被告 日興證券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 太田恒久

同 石井妙子

同 深野和男

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告X1に対し金四五三万三五四一円、原告X2に対し金一六〇万八二五八円及び右各金員に対する平成八年一〇月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが、被告に対し、株式投資信託(以下「投資信託」という。)の勧誘における説明義務違反、適合性の原則違反等の違法があると主張して、不法行為に基づき、被告の違法行為により被ったとする損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

(一) 原告ら

原告X1(以下「原告X1」という。)は、大正一四年○月○日生まれの女性である。原告X2(以下「原告X2」という。)は、昭和一九年○月○日生まれの女性であり、昭和五〇年○月○日にB(以下「B」という。)を出産した。なお、Bは、高度障害者である。

(二) 被告

被告は、大蔵大臣の免許を受け、主として有価証券の売買、有価証券の売買の媒介等を業とする株式会社である。

C(以下「C」という。)は、昭和五四年被告に入社後、平成八年八月まで被告中野支店において、外務行為に当たっていたもので、取引開始当初から原告らを担当していた。

2  取引の開始及び終了

(一)(1) 原告X1は、昭和五七年一月五日、被告中野支店において、自己名義の口座を開設するとともに原告X2の委託を受けて同原告名義の口座を開設し、自ら及び原告X2を代理して国債を、同月二八日、中期国債ファンド(以下「中国ファンド」という。)を、それぞれ購入した。

(2) 原告X1は、昭和五七年五月、被告中野支店において、原告X2から委託を受けてB名義の口座を開設し、B名義で中国ファンドを購入した。

(二)(1) 原告X2は、平成八年二月二八日ファンドシグナル八九〇二安定について元本割れの金額で償還を受けた。

(2) 原告らは、同年五月一五日、保有しているすべての投資信託について解約したところ、いずれも元本割れの結果となつた。

二  争点

1  Cの原告X1に対する投資信託の購入の勧誘は、説明義務に違反するものであったか否か。

(原告らの主張)

原告らが一連の投資信託を購入するに際し、Cは、原告X1に対し、投資信託が元本保証のある商品である旨の虚偽の説明をした。

証券会社は、豊富な経験、情報、高度な専門知識を有するため、一般の顧客は、証券会社の勧誘には合理的な理由が存するものと信頼して投資を決める。したがって、証券会社は、顧客に対し、顧客の証券取引の経験、知識等に応じた商品の説明をする義務を負っている。特に投資信託等の投機性の高い商品の購入を勧誘するに当たっては、商品についての十分な説明をする義務がある。

しかるに、被告は、証券取引の知識及び経験の乏しい原告らに対し、リーフレット及び受益証券説明書の交付をしなかったばかりか、投資信託について元本保証がある旨の虚偽の説明をしたものであり、説明義務違反がある。

(被告の主張)

Cは、投資信託を勧誘をする際、原告X1に対し、その都度リーフレットや受益証券説明書を交付し、これらに基づき、投資信託の仕組み、途中換金の可否、元本が保証されない商品であること、時価が毎日変動すること、クローズド期間(購入後、換金することができない一定の期間)のあるものについてはその期間中換金できないことなどを説明した。取引の都度顧客に交付される預り証にも、元本が保証されるものではないことが明記されている。

また、信託期間の延長に際しても、Cは、期間を延長すれば元本が保証されるなどと説明したことはないし、原告らに送付されるなどした「信託期間の延長についての説明書」等の資料にも、延長期間中に元本の回復が保証されるものではないことが明記されている。

したがって、原告らは、必要かつ十分な説明を受けて自己の判断により投資信託を購入し、また、信託期間の延長を選択したものであるから、被告に説明義務違反はない。

2  原告らに対し、投資信託を勧誘することは、適合性の原則に違反するか否か。

(原告らの主張)

証券取引法五四条一項一号は、豊富な経験、情報、高度な専門知識のある証券取引の専門家としての証券会社の投資勧誘は、顧客の財産状態及び投資目的に適したものでなければならないという、いわゆる適合性の原則を定めたものである。

原告らは、年金等で生活しており、かつ、Bの将来の生活にかんがみれば、その財産は、保守的に維持されるべきであるところ、被告は、原告らの生活や経済状態について原告X1から説明を受けていたのであるから、被告には、原告らに対し、投機性の高い証券取引を勧めてはならない注意義務がある。それにもかかわらず、被告は、原告らに投機性の高い投資信託を違法に勧誘した。

(被告の主張)

原告X1には、投資信託の性質を理解するに足りる知識、経験、判断力があり、さらに原告らの財産状況等にかんがみれば、原告らに対して投資信託を勧誘することが違法であるということはできない。

また、証券取引法五四条一項一号は、公法上の取締法規にすぎないから、仮にその違反があったとしても、それが直ちに私法上違法となり、不法行為を構成するものではない。

3  被告において証券取引法一五七条一号に違反する行為があったか否か。

(原告らの主張)

証券取引法一五七条一号は、有価証券の売買その他の行為について、不正の手段を講じることを禁止しているが、被告は、その勧める商品が元本保証がされていないにもかかわらず、元本保証がされている旨の虚偽の説明をし、原告らをして元本保証のある商品と誤信させ、原告らの商品購入の意思決定を誤らせた。

4  B名義の取引は、誰に帰属するか。

(原告らの主張)

Bは、国民年金(障害年金)の受給資格を取得した平成七年八月までは、独自の収入はなく、被告と取引をする原資もなかった。B名義の口座は、Bの将来に備えて貯蓄するため、原告X2がBの名義を、借用して開設したものであるから、B名義の口座は、原告X2に帰属する。

(被告の主張)

B名義の口座はBのものであって、B名義の取引は、Bに帰属する。なお、マル優の扱いもBの財産としてされている。

5  損害

(原告らの主張)

(一) 投資信託による損害

(1) 原告らは、被告との投資信託の取引により、原告X1において金二二八万三五四一円、原告X2において金八五万八二五八円(B名義のものを含む。)の損失を被った。

(2) 被告らは、原告らの取引は全体としてみれば利益が生じていると主張するが、国債、中国ファンド、割引金融債等の安全性の高い商品については、原告らが自己の判断で購入したものであり、損益通算をする必要はない。被告の違法な勧誘により購入した商品のみでその損害額を算定すべきである。

(二) 精神的損害

(1) 原告X1は、被告の不法行為により、ストレスからくる呼吸困難、神経痛となり、抑うつ状態となったため、平成七年一月から現在に至るまで神経内科への通院を余儀なくされた。この精神的苦痛に対する慰藉料として二〇〇万円が相当である。

(2) 原告X2は、被告の不法行為により、体調を崩した上、落ち着きを欠くようになったBの監護の負担が増加したことにより、精神的苦痛を被ったが、これに対する慰藉料としては五〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用

原告らそれぞれにつき、二五万円。

(被告の主張)

原告らは、損失を生じた取引のみを取り出して損失を計算するが、原告らと被告との取引のなかには、利益の出たものもあり、また、国債の利金や投資信託の収益分配金などがあるので、それらの合算において損失の有無を判断すべきである。してみると、取引全体では、原告X1について九二万六五一五円の、原告X2について二三九万五九四三円の、それぞれ利益となっており、投資信託のみを取り出しても、原告X1について九二万八六五七円の、原告X2について三二万八〇八〇円の損失が生じたものにすぎない。なお、B名義の取引は、全体として利益が出ている。

第三争点に対する判断

一  前提となる事実

前記第二の一の争いのない事実、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告らの身分等

(一) 原告X1は、昭和二四年から宗教法人靖国神社において電話交換手として稼働し、昭和五六年末に退職した。原告X1は、被告との取引を開始した昭和五七年当時、五六歳であった。

原告X1は、職場の上司に誘われて、昭和三〇年代から昭和五〇年代にかけて、毎月一〇〇〇円ずつ被告において公社債投資信託の取引をしたことがある。

(二) 原告X2は、昭和三九年から昭和六一年ころまで東洋エンジニアリング株式会社において電話交換手として稼働し、その間昭和四九年に婚姻し、昭和五四年に離婚した後、現在までの間、高度障害者(国民年金法所定の障害等級一級)であるBを監護している。

原告X2は、Bが成年に達した平成七年八月までの間、国から特別児童扶養手当の支給を受けていたほか、障害者手当も受給していたが、Bが成年に達してから以降は、Bが国から障害基礎年金の支給を受けている。

(三) 平成二年八月末日現在の被告における原告X1及びBの各口座の預り残高状況は、それぞれ一一六〇万五六九九円、四七四万〇八一〇円であり、同年九月末日現在の被告における原告X2の口座の預り残高状況は、八七三万一一二五円である。

原告らは、昭和五四年に購入した中野のマンションを平成六年初旬に約三〇〇〇万円で売却し、同年三月一三日肩書地所在のマンションを購入した。

2  取引の概要

(一)(1) 原告らと被告との取引は別紙1及び2記載のとおり、Bと被告との取引は別紙3記載のとおりであり、いずれの取引も被告の担当者はCである。なお、原告X2及びB名義の各取引は、原告X1が右両名を代理して行ったもので、右各取引の効果は右各名義人に帰属するものである。

(2) 原告ら及びBは、口座開設後昭和六〇年一月二三日までは、国債、中国ファンド、ワリチョー(株式会社日本長期信用銀行発行の割引金融債)及びワリシン(株式会社日本債券信用銀行発行の割引金融債)(これらを合わせて、以下「国債等」という。)を購入していたが、同日投資信託の一種であるCBファンドを購入し、それ以後は、国債等に加えて投資信託を購入するようになった。原告ら及びBは、平成二年八月一五日以降投資信託を購入していない。

原告らは、平成八年五月一五日被告との取引を解約するまでの間、原告X1分で四〇回、原告X2分で三一回、B分で一五回それぞれ買い取引をしているが、このうち投資信託の買い取引は、それぞれ、七回、四回、二回であった。

(二) 投資信託は、投資家の小口資金を集めて、運用の専門家が株式や公社債等に投資し、その結果得られた利益を投資家に分配する仕組みの商品である。多くの投資家の資金を集め、多くの銘柄の証券を購入することができるので、個別銘柄の商品の値下がりのリスクを小さくすることができ、更に、株式だけでなく、債券等にも資金を分けて投資することにより安全性を確保しながら高い投資効率をねらえる手段といえる。ただ、元本が保証されているわけではなく、運用の専門家に任せているとはいえ、運用に失敗すれば投資した元本が戻らない場合もある。

(三) 原告ら及びBが購入した投資信託は、委託会社である日興證券投資信託委託株式会社(以下「日興投信」という。)が投資家に代わって投資家の投資資金からなる信託財産の運用指図をするものであるが、右運用指図は、日興投信が、証券投資の専門家として国内外の経済、金融情勢を勘案しながら投資対象を厳選して行い、かつ安全保持のために分散投資して行うものとされている。

(四) 国債等及び投資信託の売り買い取引に国債等の利金や投資信託の収益分配金を加えた取引全体の収支は、原告X1分が九二万六五一五円の、原告X2分が二三九万五九四三円の、B分が二五五万〇一四八円のそれぞれ利益となっており、投資信託の売り買い取引及び収益分配金の収支の合計は、原告X1分が九二万八六五七円の、原告X2分が三二万八〇八〇円のそれぞれ損失と、B分が三九万五二六五円の利益となっている。

3  取引の開始

(一) 原告X1は、昭和五七年一月五日、退職金で国債を購入するために被告中野支店を訪れた。

原告X1が国債の購入を申し込んだところ、Cは、原告X1に対し、リーフレットを交付した上、国債の内容について利率、利払日、途中換金が可能であること、その場合は時価に応じて価額が変動すること、満期日、満期には額面で償還することなどを説明し、さらに、三年中期国債について、償還までの残存期間が一年間であること、償還金額は三〇〇万円であり払込金額三〇九万四八〇〇円を下回るが、償還までの受取利息を考慮すると利得が生じることについて、算式を紙に書くなどして説明した。

原告X1は、右説明を受け、原告X1名義の口座を開設した上三年中期国債を購入し、また、原告X2を代理して、原告X2名義の口座を開設した上三年中期国債を購入した。

Cは、口座開設手続をする間、原告X1に対し中国ファンドのリーフレットを交付した上、三〇日以上経過するといつでも引き出せることを説明し、その購入を勧誘したところ、原告X1は、同月二八日、被告中野支店を訪れ、中国ファンドを購入した。

(二) 原告X1は、同年五月、Bを代理してB名義の口座を開設し、中国ファンドを購入した。

4  CBファンドの勧誘等

(一)(1) Cは、顧客に対し、被告が投資信託の新商品を発売する都度リーフレットを交付又は郵送していたが、これには、元本が保証されない旨明記されていた。

Cは、原告X1に対しても、取引開始以来、来店の際投資信託を勧誘し、又は、リーフレットを郵送するなどしていたが、原告X1は、Cに対し、Bが高度障害者であり、同人の将来のために蓄えをしているといった事情を話し、投資対象に株式が入っている商品は購入しない旨を述べていた。

(2) 当時、被告中野支店の壁にはCBファンドのポスターが貼ってあったほか、店頭にはその商品内容を記載したリーフレットや受益証券説明書が置かれ、顧客は、これらの資料を自由に持ち帰ることができた。リーフレットは、被告が商品説明のために作成したものであり、担当者が顧客に対し商品の説明をする場合、これに基づき行うものとされていた。

(二)(1) 原告X1は、昭和六〇年一月二三日、ワリシンを購入するため被告中野支店を訪れた。

Cは、国債の金利及び預金金利が下がった場合、変動性の商品である株式などが値上がりすることを以前から原告X1に対し説明していたところ、当時国債の金利は昭和五七年に年利七・二二パーセントとなったのをピークにその後下落方向にあり、公定歩合も横ばいの状況であるのに対し、いわゆる日経平均株価は昭和五七年ころからほぼ右上がりの状況であったこと、CBファンドの収益配分金の実績が良いこと、昭和五九年一一月二九日にCBファンドの第一期決算分の収益分配金が分配されたため、当時は、基準価格(単価)が下がり、安く購入することができたことなどの理由から、原告X1に対し、中国ファンドの一部を投資信託であるCBファンドに乗り換えてはどうかと勧めた。

(2) Cは、原告X1に対し、CBファンドが値動きのある転換社債等に投資されるために元金が保証されるものではないことのほか、途中換金の可否、マル優の利用の可否等についても記載したCBファンドのリーフレット(乙一)を交付した。Cは、原告X1に対し、右リーフレットに基づき、資金は主に転換社債に投資されること、時価が変動すること、現在の時価、時価が変動するものを投資対象としているので払込金額は保証されないこと、信託期間は、昭和五八年から一〇年間であり、当初一年間がクローズド期間であったので、昭和五九年末からは自由に売買できるようになったこと、今後の時価次第で売却することもできるし、保有し続けて収益分配金を受取ることもできることを説明した上、利率を明言することはできないが、これまでの運用実績に照らせば、国債よりも収益分配金が良いと思われるなどと意見を述べた。

右説明を受けた原告X1は、同日、原告X1、原告X2及びBの各名義により、単価一万〇四九四円でCBファンドを、それぞれ九五口、二八口、八五口ずつ購入し、また、持参した現金で原告ら及びBの各名義でそれぞれワリシンを購入した。

被告は、同月二九日、原告X1に対し、CBファンドの証券預り証(乙一九)を交付したが、右預り証の表面には、赤字で「(裏面のご注意をご覧ください。)」と、裏面には「表記証券が株式投資信託受益証券の場合、その償還または買取価格は、組入れ証券の変動等にともなって変わりますので投資額とは同じではありません。」とそれぞれ注記されていた。

(三) Cは、昭和六一年四月三日、原告X1に対し、CBファンドの購入時の単価、払込金額、当時の単価及びその時点で解約した場合の時価、原告X1が受取った収益分配金の合計額をそれぞれ紙に書き、解約による利回りについて説明をした。原告X1は、これを受け、同日、単価一万一七二八円でCBファンドを売却し、その結果八万七三二三円の利益を得た。

5  その後の投資信託の勧誘等

(一) その後も、Cは、新しい投資信託の商品が募集された場合は、その都度原告X1に対し、リーフレットを交付又は郵送して商品の案内をしていた。

原告X1は、Cから投資信託の購入を勧誘された場合、これを断ることも少なからずあり、特に、昭和六二年二月二〇日には、原告X1及び原告X2の各保有する六二回三年利付国債をいったん売却し、各原告名義で投資信託の一種であるCB債券ミックス八七―二分配を購入した後、原告X2名義のCB債券ミックス八七―二分配の買い取引をキャンセルしたこともあった。

Cは、原告X1に対し、来店時に投資信託を勧誘する場合はその場で、電話で勧誘する場合は代金の受渡しのために来店した時に、それぞれリーフレットを交付したほか、(二)(1)ないし(10)、(12)他の取引に当たり、その都度、原告X1に対し、リーフレット等に基づき、投資信託の時価が毎日変動すること、払込金額が保証されるものではないこと、クローズド期間があるものについてはその期間中は換金できないこと、商品の種類として成長型(投資対象として株式の割合に制限がないもの)と安定成長型(株式の割合に制限があるもの)とがある場合にはその旨を、それぞれ説明した。また、被告は、右各取引に当たって、代金を受領する都度、原告X1に対して、預り証を交付したが、右預り証の表面には、いずれも、赤字で「(裏面のご注意をご覧ください。)」と、裏面には「表記お預り証が株式投資信託受益証券の場合、その償還または買取価格は組入証券の変動等にともなって変わりますので投資額とは同じではありません。」と、それぞれ注記されていた。

さらに、Cは、原告らが投資信託を解約をするときには、原告X1に対し、購入時の価額、現在の価額及び過去の分配金の合計額をそれぞれ紙に書いて計算するなどして、手取りでいくらの利回りとなったのかについて説明した。

(二)(1) 原告X1は、昭和六〇年六月一四日、投資信託の一種であるキャピタルオープンを、被告から単価九三六六円で一〇〇口購入した。

(2) Cは、昭和六一年四月七日、原告X1に対し、キャピタルオープンの単価が株価状況の関係で八八三九円に下がっているので、その分多くの口数を購入できる旨説明したところ、原告X1は、キャピタルオープンを一二〇口購入した。

(3) 原告X1は、昭和六二年二月二〇日、投資信託の一種であるCB債券ミックス八七―二分配を、被告から単価一万円で三〇〇口購入し、平成元年七月一三日、単価一万〇〇三八円でこれを全口売却した。

(4) 原告X1は、昭和六二年九月二日、投資信託の一種であるシステムポートフォリオ八七―二を、被告から単価一万円で一六〇口購入し、平成元年九月二五日、単価一万一四五七円でこれを全口売却した。

(5) Cは、昭和六三年一月一三日、原告X1に対し、CBファンドの単価が以前購入した時よりも安くなっていることを説明したところ、原告X1は、これを単価九五九九円で一〇一口購入した。

(6) 原告X1は、同年一〇月二五日、投資信託の一種であるトゥモローセレクト八八一〇安定成長型を、原告X2名義により、被告から単価一万円で八〇口購入し、平成二年一二月一四日、単価一万〇二八二円でこれを全口売却した。

(7) 原告X1は、平成元年二月二〇日、投資信託の一種であるファンドシグナル八九〇二安定成長型を、原告X2名義により、被告から単価一万円で一〇〇口購入した。

(8) 原告X1は、同年七月一七日、投資信託の一種であるファンドシグナル八九〇七成長型を、被告から単価一万円で三〇〇口購入した。

(9) 原告X1は、同年九月二七日、投資信託の一種であるトゥモローセレクト八九〇九安定成長型を、原告X2名義により、被告から単価一万円で一八〇口購入した。

(10) 原告X1は、平成二年二月二二日、CBファンドを、原告X2名義により、被告から単価一万〇二七九円で一〇〇口購入した。

(11) 同年八月一五日、原告X1が、CBファンドを単価九〇七七円で三三四口購入した際、Cは、原告X1に対し、CBファンドの時価は日々変動するため、非課税扱いとなるマル優適用の関係では、前日の基準価額に購入口数を乗じた金額が三〇〇万円以内であればよいことを説明した上、前日の単価が八九七九円であることから、三三四口購入しても全口マル優の適用がある旨を説明した。

(12) 同日、原告X1は、投資信託の一種であるモーゲージファンド九〇―〇八を、B名義により、被告から単価一万円で三〇口購入した。

(三) この間、Cは、原告X1に対し、原告ら及びBの投資信託の残高を随時伝えていた。

6  日経平均株価は、昭和五七年ころから平成元年の終わりころまでほぼ右上がりの上昇を続け、平成二年にいったん下落し、再度上昇してから、大幅に下落した。

7  投資信託の運用状況の通知

(一) 被告は、原告X1に対し、平成三年一二月、CBファンドの第八期運用報告書(乙二一)を、平成四年一月、キャピタルオープンの第一三期運用報告書(乙二二)を、平成四年七月、ファンドシグナル八九―〇七の第三期運用報告書(乙二四)を、それぞれ送付した。

(二) 被告は、原告X2に対し、平成四年二月、ファンドシグナル八九―〇二安定成長型の第三期運用報告書(乙二三)を平成四年九月、ファンドトゥモローエクセレント八九―〇九安定成長型の第三期運用報告書を、それぞれ送付した。

(三) 右各運用報告書には、各投資信託の基準価額の推移等が記載されている。

(四) Cは、平成三年以降も、原告X1に対し、原告ら及びBの投資信託の残高を示したところ、原告X1は、その都度「良くないわね。」などと述べていた。

8  信託期間延長の経緯

(一) 平成四年に他の証券会社が投資信託の信託期間を延長したことから、被告の顧客は、被告に対し、被告においても信託期間を延長するのか否かについて電話などで問い合わせをした。

原告X1がCに対し、当時保有していた投資信託がどうなるのかについて問い合わせたところ、Cは、原告らの投資信託の時価を説明した上、被告においても信託期間を延長する可能性が高い旨を回答した。

(二) 日興投信は、平成五年一月以降償還予定分の投資信託について、株価下落の影響を回避しきれなかったとして、大蔵大臣の承認を得て信託契約期間の延長をした(但し、キャピタルオープンを除く。)。

日興投信及び被告は、平成五年一月以降、原告ら及びBを含む顧客に対し、信託期間を延長するが、当初どおりの償還時期に解約することも、それ以前に解約することもともに可能であることを記載した「償還時期の到来に伴う特別措置についてのお願い」と題する書面、投資信託の基準価額が元本割れをしていることを記載した運用概況報告書、期間延長をしても元本の回復が保証されるものではないこと、信託期間延長後の継続運用期間中であっても解約することができることなどを説明した「信託期間の延長についての説明書」等の書面一式を送付又は交付した。また、同月以降、日輿投信は、右の内容を説明した「信託期間延長のお知らせ」と題する公告を新聞紙上に掲載した。

(三) 原告X1は、Cに対し信託期間が延長された理由及び右延長にいかに対処すべきかの問合わせをした。これに対し、Cは、株式市場の低迷により元本割れをしていること、解約した場合に価額がどうなるかということ、日興投信の運用担当者が基準価額の回復に努めているので、信託期間を延長することも考えられるし、別の商品に買換えることも考えられることなどの回答をした。

なお、Cが担当した顧客のうち、半数以上は信託期間の延長に応じた。

(四)(1) 原告X2は、平成五年二月一〇日、被告に対し、ファンドシグナル八九―〇二安定成長型の「信託期間の延長についての説明書」添付の申込書を用いてファンドシグナル八九―〇二安定成長型の継続運用を申し込んだ。

(2) 原告X1は、同年七月一三日、被告に対し、ファンドシグナル八九―〇七の「信託期間の延長についての説明書」添付の申込書の「継続申込口数」欄の「成長型」欄に三〇〇口と記載してファンドシグナル八九―〇七成長型の継続運用を申し込んだ。

(3) 原告X2は、同年九月一四日、被告に対し、ファンドトゥモローエクセレント八九―〇九の「信託期間の延長についての説明書」添付の申込書の「継続運用申込口数」欄の「安定成長型」欄に一八〇口と記載してファンドトゥモローエクセレント八九―〇九安定成長型の継続運用を申し込んだ。

(4) 原告X2及びBは、同年一一月九日、被告に対し、CBファンドの「信託期間の延長についての説明書」添付の申込書の「継続運用申込口数」欄の「課税口」欄にそれぞれ一〇一口、三三口と、「非課税口」欄にそれぞれ二七口、八二口と記載してCBファンドの継続運用をそれぞれ申し込んだ。

(5) 原告X1は、同月一〇日、被告に対し、CBファンドの「信託期間の延長についての説明書」添付の申込書の「継続運用申込口数」欄の「非課税口」欄に三三四口と記載して、CBファンドの継続運用を申し込んだ。

9  その後の経緯

(一) 原告X1は、平成七年三月ころ、被告に対し、既に購入していた投資信託についての受益証券説明書等の交付を求め、被告はこれに応じ、原告X1に対して、右書類を郵送した。

(二) 原告X1は、同年三月一三日付けで被告代表取締役社長A宛に内容証明郵便を送り、同月二四日、被告中野支店のD支店長、E部長及びF課長と面談した。D支店長らは、原告X1に対し、被告は担当者に対し、顧客に商品を勧誘する場合、十分な説明をした上で、購入するか否かを顧客の意思で決めさせるように指導していること、Cも原告X1に対して十分な説明をしたと言っていることを伝えた。

(三) その後も、原告X1は、同年四月一一日付け及び平成八年二月八日付けで、被告代表取締役社長宛に元本の保証を求める内容の手紙を送った。

(四) 原告X1は、平成七年六月一三日、Cに対し、投資信託を勧誘する際の説明が不十分であることを指摘する内容の手紙を送った。

(五) 原告X1は、後日紛争となる場合に備えて、以上の内容証明郵便や手紙について、いずれも写しを作成していた。

二  ところで、証券取引は、本来的にリスクを伴うものであり、証券会社が顧客に提供する情報等も不確定な要素を含み、予測や推測の域を出ないことが多いのが通常であるから、投資家自身において、当該取引の危険性及びその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するか否かを自らの責任で判断すべきであり(自己責任の原則)、このことは、投資信託取引においても異なるところはない。

しかし、証券の価格変動要因は複雑多岐にわたり、それらを分析し適切な投資判断をするには証券投資の豊富な経験に裏打ちされた高度の専門的能力が必要となることから、顧客、とりわけ一般投資家は、証券取引の専門家であり証券市況等に関する高度の知識、情報及び証券取引の豊富な経験を有する証券会社の助言、投資勧誘に依拠して、投資判断を行うのが通常である。したがって、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、証券会社は、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないのはもちろん、投資家の投資目的、財産状態や投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘するなど社会的に相当性を欠く手段又は方法により不当に当該取引への投資を勧誘をすることを回避すべき注意義務があるというべきである。また、証券会社は、一般投資家に商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を勧誘する場合には、勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、投資家の投資の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について投資家の投資経験、投資に関する知識や判断能力等に応じた説明をする義務を負うことがあるというべきである。

三  争点1(説明義務違反の有無)について

右の観点から、Cの投資信託勧誘の際の説明義務違反の有無を検討するに、原告X1は昭和三〇年代から昭和五〇年代にかけて公社債投資信託をした経験があるものの、昭和五七年の取引開始以来、国債等の元本割れが事実上生じない商品を(自己又は原告X2、B各名義で)購入していたにすぎず、これに対し、投資信託は、信託財産を株式等の価額の変動する証券に投資するため、投資した元本が保証されない商品であることからすると、Cは、投資信託の勧誘に当たり、原告X1に対し、投資信託の商品内容及び当該取引に伴う危険性、とりわけ元本保証のないことについて説明する義務があるというべきである。

しかし、前記判示のとおり、Cは、原告X1に対し、投資信託の商品が発売される都度、リーフレットを交付又は送付していたが、これには元本が保証されないことが明記されていること、Cは、原告らが投資信託を購入する当初から、リーフレット等に基づき、投資信託の基準価額は毎日変動するため払込金額が保証されるものではないこと、クローズド期間があるものについてはその期間中は換金できないこと、商品の種類として成長型と安定成長型とがある場合はその旨を説明したことが認められるのであるから、これによれば、Cは、投資信託勧誘の際の説明義務を尽くしたものということができるものである。

なお、右のリーフレットの交付等とCの説明の事実に加え、取引の都度授受される預り証にも、償還または買取価格は変動し、払込金額と同じではない旨が記載されていること、原告X1は、被告代表取締役社長A及びCに宛てた手紙(甲六、七)において、受益証券説明書等に記載された重要事項を抜粋していることからいって、右説明書等の記載の意味を理解することができたものと認められること、平成二年八月一五日に投資信託を購入したのを最後に、日経平均株価が大幅な下落をしてからは、投資信託を一切購入していないこと、原告X1は、Cから投資信託の購入を勧誘された場合、これを断ることも少なからずあり、昭和六二年二月二〇日には、原告X2名義の六二回三年利付国債をいったん売却し、CB債券ミックス八七―二分配を購入した後、その買い取引をキャンセルしたこと、ファンドシグナル八九―〇七成長型の信託期間を延長する際、原告X1は、継続運用申込書の成長型欄と安定成長型欄のうちから成長型欄を正しく選択していること、原告らが購入したCBファンドやキャピタルオープン等の投資信託は、購入時の基準価額がいずれも異なることなどからすれば、原告X1は、投資信託の購入に当たり、国債等と投資信託が異なる商品であり、投資信託に基準価額の変動があり、したがって、元本の保証がないことを十分に理解していたことが推認することができるものである。

したがって、Cの投資信託の勧誘における説明義務違反を理由とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  争点2(適合性の原則の違反の有無)について

次に、原告らに対し、投資信託を勧誘したことが適合性の原則に違背するか否かを検討する。

前記一2(一)に認定したところから明らかなように、投資信託は、株価等の上昇によって大きな転売利益等を得られる反面、株価等が下落した場合、投下した元本の回収すらできない場合が生じる商品というべきものであることからすると、一般投資家に対して投資信託を勧誘することが、当該投資家の財産状態、投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価される場合には、当該取引の危険性の程度その他当該取引がされた具体的事情如何によっては、証券会社が不法行為責任を負う場合があると解される。

しかしながら、投資信託における資産運用は、投資家である原告らではなく、証券取引の専門家が行うものであり、また、安全保持のために分散投資をすることとされていることからいって、株取引等において生じる過大なリスクは一般的には生じないこと、原告X1及びBの平成二年八月末現在の被告における預り残高及び同年九月末現在の原告X2の被告における預り残高の合計額は二五〇七万七六三四円に上るほか、原告らは投資信託購入当時中野にマンションを所有し、右マンションは平成六年三月に約三〇〇〇万円で売却されていること、原告X1は被告において昭和三〇年代から昭和五〇年代にかけて公社債投資信託をしていた経験があること、原告X1はCから投資信託の購入を勧誘された場合、これを断ることも少なからずあり、昭和六二年二月二〇日には原告X2名義の六二回三年利付国債をいったん売却し、CB債券ミックス八七―二分配を購入した後、その買い取引をキャンセルしたこと、原告らが投資信託を購入した時期は日経平均株価が上昇を続けていた昭和六〇年から平成元年までの間と日経平均株価が比較的高値にあった平成二年八月一五日のみであり、その後投資信託を一切購入していないことなどにかんがみると、Cが原告らの投資目的、財産状態や投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど社会的に相当性を欠く手段又は方法により不当に投資信託の購入を勧誘したとまで認めることはできない。

したがって、Cの原告らに対する投資信託の勧誘が適合性の原則に違背するという原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  争点3(証券取引法一五七条一号違反の有無)について

右に述べたとおり、本件において、投資信託の勧誘における被告の説明義務違反及び適合性の原則違反を認めることができず、その他証券取引法一五七条一号所定の違法事由を認めるに足りる証拠はないから、被告において同号に違反する行為があったとの主張は、失当というべきである。

六  結論

以上によれば、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官 脇博人 池田順一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例